東京地方裁判所 昭和61年(ワ)9827号 判決 1989年2月07日
原告(反訴被告)
日本ワイス株式会社
右代表者代表取締役
米本了
右訴訟代理人弁護士
穂積忠夫
同
伊集院功
同
早崎卓三
被告(反訴原告)
日本ケミファ株式会社
右代表者代表取締役
丑山圭三
右訴訟代理人弁護士
舘野完
被告
山口明
被告両名訴訟代理人弁護士
松枝迪夫
同
長谷川俊明
同
小柴文男
主文
一1 被告(反訴原告)日本ケミファ株式会社及び被告山口明は各自、原告(反訴被告)に対し金七億〇一六四万三七六五円及びこれに対する昭和五九年七月一四日から支払済みに至るまで被告(反訴原告)日本ケミファ株式会社は年六分、被告山口明は年五分の割合による各金員を支払え。
2 原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。
二 被告(反訴原告)日本ケミファ株式会社の反訴請求を棄却する。
三 訴訟費用中、本訴について生じた費用は被告(反訴原告)日本ケミファ株式会社及び被告山口明の、反訴について生じた費用は被告(反訴原告)日本ケミファ株式会社の各負担とする。
四 この判決は、第一項の1に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
(本訴)
一 請求の趣旨
1 被告日本ケミファ株式会社(反訴原告、以下「被告会社」という。)及び被告山口明(以下「被告山口」という。)は各自、原告(反訴被告、以下「原告」という。)に対し金八億九七二三万五二四四円及びこれに対する昭和五九年七月一四日から支払済みに至るまで被告会社は年六分、被告山口は年五分の割合による各金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 1項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(反訴)
一 請求の趣旨
1 原告は、被告会社に対し金六億八六一九万七六〇一円及びこれに対する昭和六一年八月七日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
2 反訴費用は原告の負担とする。
3 1項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 被告会社の反訴請求を棄却する。
2 反訴費用は被告会社の負担とする。
第二 当事者の主張
(本訴)
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告は、医薬品等の製造、販売、輸出入を目的とする株式会社で、訴外米国法人アメリカン・ホーム・プロダクツ・コーポレイション(本社ニューヨーク、以下「AHPC」という。)の子会社である。
(二) 被告会社は、医薬品等の製造、販売、輸出入を目的とする株式会社である。
(三) 被告山口は、昭和二五年六月被告会社の取締役に就任し、その後同二八年一〇月から同五七年一二月まで代表取締役社長の地位にあったものである。
2 共同開発の合意
原告と被告会社は、昭和五二年三月一一日鎮痛抗炎症作用を有する化合物「フェンチアザク」の製剤(以下「フェンチアザク製剤」という。)の製造承認を日本において取得するため、左記内容の共同開発の合意をなした。
記
原告と被告会社は、フェンチアザク製剤について共同開発による製造承認申請を行ない、原告の各種試験研究の分担は共同開発による製造承認申請するために必要最少限とし、フェンチアザク製剤の製造承認を取得するために必要なその他一切の試験研究は被告会社がその費用負担で分担、実施し、その結果を作業完了後原告に提供する。
右共同開発の合意により、被告会社は、被告会社が分担して実施することになった臨床試験など各種試験を誠実に実施し、その結果得られた資料を原告に提供してフェンチアザク製剤の日本における製造承認が円滑・確実に取得できるよう原告に協力援助すべき義務を負担した。
3 第三者のためにする契約
仮に右合意の存在が認められないとしても、昭和五一年一二月三一日、訴外スイス法人バイエックス・ソラリス・A・Gと被告会社との間で、被告会社は、原告に対し、フェンチアザク製剤の製造承認取得に関する前記2項記載の内容の協力援助義務を負担する旨の原告を受益者とする第三者のためにする契約が成立し、昭和五二年三月一一日、原告と被告会社の会議において被告会社が原告に対し、被告会社が行う試験研究の結果を直接原告に提供することを約し、原告がこれを応諾したことによって原告は受益の意思を表示し、これにより被告会社は原告に対し、前記内容の協力援助義務を直接負担した。
4 被告会社の債務不履行とその後の経過
(一) 原告は前記2、3項の合意に基づき共同申請に必要な最低限の試験を了し、個々の資料について雑誌に投稿した後、掲載された論文の別刷を被告会社に送付し、被告会社において被告会社側の資料と併せて整理編集し、印刷してフェンチアザク製剤の製造承認申請のための添付資料を作成し、これを原告に一括交付した。
(二) 原告と被告会社は、右資料を添付して、被告会社は、昭和五五年五月一六日、原告は同月二六日、厚生大臣に対し、フェンチアザク製剤の製造承認申請をなし、同五六年一二月七日同時に厚生大臣より製造承認を受け、同五七年二月一日から原告は販売名「ドノレスト」、被告会社は販売名「ノルベダン」の各名称で同時に発売を開始した。
(三) ところが、被告会社は、原告との間の共同開発の合意に反して、承認申請のために分担した臨床試験の一部を全く実施せず、試験データを捏造していたため、そのことが昭和五七年一一月二〇日ころ発覚し、被告会社が厚生省の事情聴取に対し右データ捏造の事実を認めたためそのころ「ノルベダン」の製造承認が取り消された。その結果、原告が製造承認を受けていた「ドノレスト」も被告会社との共同開発による申請で、承認申請時に添付した資料の多数が被告会社から提供を受けたものであって、「ノルベダン」と「ドノレスト」の資料の大部分が共通のものであったため、原告もデータ捏造事件の発覚と同時に厚生省から製品の回収並びに製造販売停止を指示され、原告はこのため、昭和五七年一一月二一日以降ドノレストの回収並びに製造販売停止の措置を余儀なくされた。
(四) さらに右被告会社のデータ捏造を契機として厚生省がさらに調査した結果、臨床試験のデータ捏造のみならず被告会社が分担した急性毒性試験、亜急性毒性試験及び催奇性試験についても添付資料のもととなる詳細な実験記録が存在しないため、これらの試験データについてもその内容の真正につき疑いが生じ、昭和五八年三月一四日開催の新医薬品第一調査会の審議結果に基づき、厚生省から「わが国のガイドラインに従い、非げっし類を用いた器官形成期投与試験を用いた成績を提出すること及び本結果の評価の終了するまで販売を控えること」を指示され、また、急性毒性試験及び亜急性毒性試験(犬を用いて国内で行うこと)など四種の試験をわが国のガイドラインに従って行い、後日報告することを指示された。このため、原告は、指示された内容の各種試験を国内外で実施したうえ、その資料を厚生省に提出したが、これが昭和五八年一〇月開催の新医薬第一調査会をパスしたのちである同年一一月三〇日までドノレストの製造、販売の再開が認められなかった(なお、製造、販売再開の際厚生大臣より頸肩腕症候群、肩関節周囲炎及び腱鞘炎の効能を削除するよう命ぜられた。)。
5 損害
被告会社が原告との共同開発の合意に違反して臨床試験の一部を誠実に実施しなかっただけでなく、試験データを捏造して偽造データを原告に提供したため、原告はドノレストの製造、販売の停止、製品の回収を余儀なくされたのみならず、一部追加試験の実施も余儀なくされた結果、以下のとおりの損害を被った。
(一) 返品による損害
(1) 原告と訴外日本商事株式会社(以下「日本商事」という。)との間のドノレストの取引状況
イ ドノレストの販売状況
昭和五七年二月一日の発売開始以来、原告は、ドノレスト五〇及びドノレスト一〇〇をすべて原告の一手販売代理店である日本商事に対し販売してきた。販売開始から昭和五七年一〇月末日までの一〇か月間の原告の日本商事に対するドノレストの売上高は別表1「ドノレスト売上高明細」記載のとおりであり、その累計額は六億一六七万二七〇〇円である。
ロ 開発援助費及び販売促進援助費
原告と日本商事の間には、ドノレスト販売に関し、日本商事は原告に対し、ドノレストの販売(仕切)価格とは別に、これに上乗せする形で、ドノレストの販売出荷量に応じ開発援助費及び販売促進援助費を支払う取決めがあり、現に支払われていた。
a 開発援助費とは原告がドノレストの研究開発に投資した費用の一部を一手販売者である日本商事に分担させる趣旨で、ドノレスト一錠(五〇mg錠及び一〇〇mg錠とも同一)につき0.25円を当該月の販売出荷量(錠数)に掛けて算出し、販売代金とは別に日本商事から原告に対し支払われていた。
b 販売促進援助費とは、原告みずからその社員を直接病院等の得意先に派遣し学術宣伝及び販売促進活動を行ない、日本商事の販売促進活動を援助しており、このような原告の販売促進活動によって現実に得意先から注文を受けたとき、その販売促進活動に要した費用を日本商事が原告に償還する趣旨で支払われるものであり、ドノレスト五〇mg錠一錠当り1.85円、同一〇〇mg錠一錠当り3.30円と取決められ、当該月の販売出荷量(錠数、但し原告の販売促進活動に対する受注分のみ)に右の単価を乗じて算出した金額が支払われていた。
c 開発援助費及び販売促進援助費の支払状況
昭和五七年一月から一〇月までの原告と日本商事間のドノレストの販売に伴い、支払われ、または、発生した開発援助費と販売促進援助費の合計額は、開発援助費七九七万四五〇〇円、販売促進援助費六九三一万七九〇〇円、右総額合計七七二九万二四〇〇円であり、これが売買代金に上乗せした形で原告の収入となっていた。その月別の算出根拠及び支払状況は、別表2「販売促進援助費及び開発援助費支払状況」記載のとおりである。
(2) ドノレストの販売中止及び即時回収による返品状況
被告会社のデータ捏造事件の発覚により、厚生省の指示で、原告は、昭和五七年一一月二一日、ドノレスト五〇及び一〇〇の製造販売停止並びに既に出荷ずみの製品を回収する措置を決定し、別表3のとおり実行した。
右回収措置によって、日本商事から原告に対しドノレストの返品があり、原告は、日本商事に対し、既に支払われていた返品数量に相当する売買代金総計二億六六八六万〇七六五円を返金した。その内訳は次のとおりである。
五〇mg錠
包装規格(錠)
返品個数
単価
返品金額
四
四万八九九五
五〇円
二四四万九七五〇円
一〇〇
三万一六六〇
八八五円
二八〇一万九一〇〇円
五〇〇
六三二
六八六〇円
四三三万五五二〇円
一〇〇〇
五九六六
一万三七二〇円
八一八五万三五二〇円
五〇〇〇
六七三
六万八六〇〇円
四六一六万七八〇〇円
五〇mg錠小計
一億六二八二万五六九〇円
一〇〇mg錠
包装規格(錠)
返品個数
単価
返品金額
四
一万五一七九
七五円
一一三万八四二五円
一〇〇
九二一三
一五五〇円
一四二八万〇一五〇円
一〇〇〇
二〇三七
二万四五〇〇円
四九九〇万六五〇〇円
五〇〇〇
三一六
一二万二五〇〇円
三八七一万〇〇〇〇円
一〇〇mg錠小計
一億〇四〇三万五〇七五円
(3) 開発援助費及び販売促進費の返金状況
原告は、左記のとおり日本商事から支払を受けていた返品に見合う分の開発援助費と販売促進援助費合計金三三〇九万九〇五〇円を返金した。
開発援助費の返金額
販売促進援助費の返却金額
昭和五七年一二月分
二〇四万八八七五円
一七八三万九八二五円
同 五八年 二月分
一〇万五七五〇円
九三万四八〇〇円
同 三月分
一〇七万八〇〇〇円
一〇二五万九五〇〇円
同 五月分
四万四八七五円
三九万七三二五円
同 六月分
二万八三七五円
二五万九二七五円
同 八月分
五〇〇円
五一五〇円
同 九月分
九六二五円
八万七一七五円
右小計
三三一万六〇〇〇円
二九七八万三〇五〇円
(4) 具体的損害額
一億九七一六万八〇五七円
イ 返品されたドノレストのうち再販不能により廃棄処分に付した製品の製造原価の損失 一三八九万七〇八二円
返品されたドノレスト中には既に病院、開業医等の医療機関へ売渡されてこれらの医療機関から日本商事へ返品された分を含んでおり、それらの中には医療機関において、または、回収返還の過程で、開封、破損、汚損、数量不足等を生じた製品が多数含まれていた。このうち再販不能により廃棄処分に付したドノレストの内訳は次のとおりである。
ドノレスト五〇mg条錠
包装規格
廃棄した個数
単価
合計金額
四T
一三九五
五〇円
六万九七五〇円
一〇〇T
九二〇
八八五円
八一万四二〇〇円
五〇〇T
一九八
六八六〇円
一三〇万六八〇〇円
一〇〇〇T
七三〇
一万三七二〇円
一〇〇一万五六〇〇円
五〇〇〇T
四一
六万八六〇〇円
二八一万六二〇〇円
ドノレスト一〇〇mg錠
四T
一八七九
七五円
一四万〇九二五円
一〇〇T
七一
一五五〇円
一一万〇〇五〇円
一〇〇〇T
三二九
二万四五〇〇円
八〇六万〇五〇〇円
五〇〇〇T
二二
一二万二五〇〇円
二六九万五〇〇〇円
合計
二六〇二万九〇二五円
右廃棄処分に付した返品分は、医薬品としての性質上再販することは到底不可能なものであり、廃棄処分に付したものについては、まず、その製造原価(製造変動費及び製造固定費)が損失である。
ドノレストの各包装規格毎の販売価格、製造原価、粗利益は別表4「ドノレスト製造原価(ユニットコスト)一覧表」記載のとおりである。
廃棄処分に付したドノレストの製造原価相当分の損失の詳細は次のとおりである。
包装規格
廃棄した個数
一個当り製造原価
損失額計
五〇mg四T
一三九五
四八円
六万六九六〇円
一〇〇T
九二〇
六六九円
六一万五四八〇円
五〇〇T
一九八
三三一六円
六五万六五六八円
一〇〇〇T
七三〇
七〇八九円
五一七万四九七〇円
五〇〇〇T
四一
三万六二一八円
一四八万四九三八円
小計
七九九万八九一六円
一〇〇mg四T
一八七九
七一円
一三万三四〇九円
一〇〇T
七一
一二八六円
九万一三〇六円
一〇〇〇T
三二九
一万二八二三円
四二一万八七六七円
五〇〇〇T
二二
六万六一二二円
一四五万四六八四円
小計
五八九万八一六六円
合計
一三八九万七〇八二円
よってその損失は金一三八九万七〇八二円である。
ロ 返金した開発援助費及び販売促進援助費の損失 三三〇九万九〇五〇円
前記のとおり、原告と日本商事間の取決めでは、ドノレストの仕切価格に上乗せする形で、開発援助費(一錠あたり五〇mg錠、一〇〇mg錠とも0.25円)と販売促進援助費(一錠あたり五〇mg1.85円、一〇〇mg錠3.3円)が支払われ、昭和五七年一月から一〇月までの間に日本商事から原告に対し合計七七二九万二四〇〇円の開発援助費と販売促進援助費が支払われ原告の収入となっていたが、本件回収措置にもとづく返品に伴い、原告から日本商事に対しその一部である三三〇九万九〇五〇円を払戻したので、右返金額合計三三〇九万九〇五〇円が原告の損失となった。
ハ 返金による粗利益の損失
一億一四六二万四四三五円
原告は、ドノレスト五〇及びドノレスト一〇〇の回収措置に伴い、前記のとおり、日本商事から合計二億六六八六万〇七六五円(販売価格)分のドノレストの返品を受け、返品分に相当する代金を日本商事に払戻し、これにより原告の売上高が二億六六八六万〇七六五円減少した。右売上高から製造原価(製造変動費および製造固定費)を差引いた粗利益が原告の損失となるところ、ドノレストの各包装規格毎の粗利益の額は別表4のとおりであるから、原告の粗利益の損失額は別表5「返品による粗利益損失一覧表」記載のとおり、一億一四六二万四四三五円となる。
ニ 返品による受入運送費の損失
一七万五四九〇円
原告は前記ドノレストの返品を引取るために、次のとおりトラック運賃を運送会社に支払った。
昭和五七年一二月一一日
四万二五七〇円
昭和五七年一二月一六日
二万三八六〇円
昭和五七年一二月二七日
一万二九八〇円
昭和五八年二月四日
三五〇〇円
昭和五八年三月二日
四万九六八〇円
昭和五八年三月二二日
二万八四二〇円
昭和五八年三月三一日
九二六〇円
昭和五八年五月二七日
二六一〇円
昭和五八年六月二四日
二六一〇円
右支払運賃合計
一七万五四九〇円
右支払運賃一七万五四九〇円は全額原告の損失となる。
ホ 返品された後再度販売されたドノレストに関する製造固定費の損失
三五三七万二〇〇〇円
ドノレストの製造原価を構成する諸費用は、原材料費、製造に要する動力費、運送費、販売費用、などのいわゆる変動費と、人件費、福利厚生費、地代家賃、減価償却費、固定資産税等の税金、一般管理費などのいわゆる固定費または経常費から成っている。
原告は、損害をできるだけ少なくするため、回収され返品されたドノレストのうち、前記廃棄処分に付した製品外の製品はすべて販売再開を許された日以降に外箱と添付文書を差し替えて出荷したが、原告がドノレストをある一年間に販売し得る数量には一定の限界があるため、販売再開後の一年間、原告としては、再出荷品の在庫をかかえた分だけドノレストの生産量を減らざるを得なかった。したがって、再出荷品の存庫分だけ製造を縮小した限度で固定費の損失が生じ、その金額は、再販再開後の最初の一年間である昭和五八年一一月一日から昭和五九年一〇月三一日までの期間に実際に原告が支出した戸田工場の事務員、工員の給料手当、家賃、減価償却費、税金等の製造固定費の額(理論的には本社の固定費も算入すべきであるが、繁雑を避けるため、ドノレストを生産した原告の戸田工場の固定費のみを計上する)に、まず同工場で製造される全製品中にドノレストが占める比重(配賦率)を乗じ、更にその金額に同期間中に製造されたドノレストの総錠数(再出荷品を含む)中に再出荷品の錠数が占める割合に乗じて算出する。具体的には次のようになる。
昭和五八年一一月一日から昭和五九年一〇月三一日までの期間の戸田工場の固定費の支出額は、
従業員の給料手当 六九〇〇万〇三四五円
工場の賃料 一三八一万〇九八〇円
機械設備の減価償却費 二七四〇万三五九五円
税金等その他の固定費 三四八一万四六九〇円
現業員給料手当 二五三五万五七五七円
合計 一億七〇三八万五三六七円
次に同期間中に戸田工場で製造される全製品中にドノレストが占める比重(配賦率)は、51.9%であるから、ドノレストの製造にかかった固定費は、1億7038万5367円×51.9%=8843万0005円となる。
同期間中に原告が製造したドノレストの総錠数(再出荷品を含む)は三九九五万八〇〇〇錠であるところ、そのうち再出荷品の錠数は一六〇七万〇八〇〇錠であるから、再出荷品が全体に占める割合は、1607万0800錠÷3995万8000=0.40(40%)となる。
従って、同期間中に原告が支出した戸田工場の固定費のうち再出荷品に対応する金額は、三五三七万二〇〇〇円となり、原告は右同額の損害を被った。
八八四三万〇〇〇五円×四〇%=三五三七万二〇〇〇円
(二) ドノレストの製造販売停止による損害
(1) ドノレストの製造販売停止とその期間
被告会社のデータ捏造が発覚し、昭和五七年一一月二〇日に行われた厚生省の事情聴取に対して被告会社がデータ捏造の事実を全面的に認めたため、厚生省は、同日、被告会社に対しノルベダンの回収と製造販売停止を指示し、被告会社はこの指示に従った。同時に、厚生省は、ノルベダンと同じ原料を使用した共同開発製品である原告のドノレスト五〇及びドノレスト一〇〇についても、原告に対し、その回収と製造販売の停止を指示し、原告はこの指示に従って前記のとおりすでに販売した製品を回収するとともに昭和五七年一一月二一日から製造販売の再開が認められた昭和五八年一一月二九日まで三七四日間ドノレストの製造販売を停止せざるを得なかった。
(2) 製造停止期間中の推定売上高
ドノレストが発売された昭和五七年二月一日から同年一〇月末日まで一〇か月間のドノレスト五〇及びドノレスト一〇〇の販売実績は前記のとおり六億〇一六七万二七〇〇円であり、これとは別に開発援助費と販売促進援助費の収入が右期間中に七七二九万二四〇〇円あった。
ドノレストと同種の消炎鎮痛剤のうち代表的な四品目製品の売上高推移は、別表6「消炎鎮痛剤の発売年度以降の売上高推移」記載のとおりである。これによれば、他社の代表的消炎鎮痛剤四品目の一年目と二年目を比較した売上高の平均増加率は53.3%である(四品目中二年目の売上高増加率のもっとも低いソランタールですら20.1%の増加を示している。)。別表6からドノレストも、発売二年目は一年目と比較して、他社平均をとれば五三%、もっとも控え目に他社の最低の数字をとっても二〇%の増加を示したであろうと推測できる。
ところで、原告は、自社の営業年度である昭和五七年一一月一日から同五八年一〇月三一日までのドノレストの売上高を八億一五〇六万五〇〇〇円と計画し予測していた。これは、昭和五七年一月から一〇月までの売上高実績を一年ベースに修正した売上高と比較すると僅かに12.88%の増加であり、極めて控え目な予測である(六億〇一六七万二七〇〇円は、一〇か月の売上高実績であるから、これを一年間(一二か月)ベースにすると七億二二〇〇万七二四〇円となり、原告の設定した売上高予測金額である八億一五〇六万五〇〇〇円をこの七億二二〇〇万七二四〇円で除すると、112.88となる。)。
従って、別表6の他社製品の売上高増加率を勘案しても、12.88%程度の売上高増加の達成は十分、見込める数値であり、実現しえたというべきである。
以上の次第で、昭和五七年一一月二一日から同五八年一一月二九日までのドノレストの推定売上高は、八億一五〇六万五〇〇〇円を下廻らないということができる。
(3) 具体的損害額
四億五四〇六万八八八七円
イ 販売停止期間中の得べかりし利益
二億三五〇八万一二〇一円
ドノレスト販売停止期間中の得べかりし利益は、ドノレストの推定売上高から製造をしないことによって支出を免れた同期間中の製造原価(変動費と固定費の両方)及び販売費を差引いた額である。売上高から製造原価を差引いた粗利益の売上高に占める割合、つまり粗利益率は、42.6%であるから、粗利益の額は三億四七二一万七六九〇円となる。
8億1506万5000円×0.426=3億4721万7690円
また、販売費の予測金額は次のとおりである。
広告宣伝費 三億一八六五万三〇〇〇円その他の販売費(トータルセリングエクスペンス)のうち
交通費 四億四八八三万五〇〇〇円
消耗品費 一六二九万九〇〇〇円
学会展示費 六六七万〇〇〇〇円
返品損失 四六四万〇〇〇〇円
雑費 七六八八万二〇〇〇円
以上合計 八億七一九七万九〇〇〇円
右金額は原告の全製品に対する販売費であるので、ドノレスト売上高の総売上高六三億三五八六万八〇〇〇円に占める割合(8億1506万5000円÷63億3586万8000円=0.1286)である12.86%を乗ずるとドノレストの販売費は一億一二一三万六四九九円となる。
よって、粗利益額三億四七二一万七七〇〇円から右ドノレストの販売費一億一二一三万六四九九円を控除したものが得べかりし利益の喪失額であり、その金額は二億三五〇八万一二〇一円となる。
ロ 製造販売停止期間中の得べかりし販売促進援助費及び開発援助費
一億一九四六万三一三三円
前記のとおり、昭和五七年一月から一〇月までの間にドノレストの販売金額に上乗せして販売促進援助費及び開発援助費として原告には七七二九万二四〇〇円の収入があった(昭和五七年一月から一〇月までの一〇か月間の実績)から、もしドノレストの製造販売の停止がなかったならば、原告は、ドノレストの売上に伴い確実に右の販売促進援助費及び開発援助費の実績にドノレスト売上高の増加率12.86%と同程度の増加率を乗じたものが収入として得られたはずである。従って右得べかりし利益の喪失額は金一億一九四六万三一三三円である。
7729万2400円÷10×12×1.1288=1億1946万3133円
ハ 製造販売停止期間中のドノレストの製造にかかわる製造固定費の損害
九九五二万四五五三円
前記のとおり製品の製造に要する費用は、製造変動費と製造固定費から成っており、本件のようにドノレストの製造を一時停止した場合、原材料等製造変動費の部分は支出を免れるが、製造固定費の部分は製品の製造を続けると否とにかかわらず支出しなければならない性質の費用である。原告が、前記ドノレストの製造停止期間中もドノレストの製造再開に備えてその製造設備、従業員等を維持するために実際に支出した製造固定費の額は次のとおりである。昭和五七年一一月一日から昭和五八年一〇月三一日までの期間の戸田工場の固定費の支出額(正確には昭和五七年一一月二一日から昭和五八年一二月二九日までの三七四日間の固定費であるが、この期間についての集計は行なわれていないので、ほぼこれと一致する右会計年度の数字を使用する。)従業員の給料手当
八三八二万四一九四円
工場の賃料 一三五八万七〇〇〇円
機械設備の減価償却費
二八五四万一七〇五円
税金等その他の固定費
二九四四万四四二三円
現業員給料手当 一七三八万八三六二円
合計 一億七二七八万五六八四円
同期間中に戸田工場で製造される全製品中にドノレストの予定製造量が占める割合(配賦率)は57.6%であるから、ドノレストの製造に割りふられるべき固定費は、九九五二万四五五三円であり、原告は右同額の損失を被ったものである。
1億7278万5684円×57.6%=9952万4553円
(三) ドノレストの製造販売再開のため厚生省から指示された実験を委託したことによる実験委託費の損害
(1) 追加実験を実施するに至った経過
被告会社のデータ捏造事件によって、被告会社が担当した前臨床試験である急性毒性試験、亜急性毒性試験及び催奇性試験についても、被告会社の研究施設でこれらの試験が実施されている等の理由から、厚生省は新医薬品第一調査会の公的審議の結果としてこれらの実験資料に疑問があると判断し、原告に再度これらの実験をやり直すことを指示したものであり、医薬品について承認、承認の取消等の処分権限を有する厚生省の指示である以上、製薬会社である原告としてはかかる指示に従わなければ販売停止の指示は撤回されず、またその後の製造販売も事実上不可能であるから、これらの指示を受諾し、多額の費用を支出して、追加実験を実施したものである。
昭和五二年三月一一日原告と被告会社間に成立した共同開発の合意では、原告が追加実施したこれらの前臨床試験については被告会社が分担することが合意されていたものであり、被告会社がこれらの試験を真正に実施しデータ捏造という行為をしなければ、原告がこれらの追加実験を行なうべき必要性は全く存しなかったものである。
(2) 具体的損害額
一億六四四三万八三〇〇円
イ 急性毒性試験及び亜急性毒性試験に要した費用の損害 八八六六万円
原告は急性毒性試験については昭和五八年八月八日、また亜急性毒性試験については同年一〇月一日いずれも訴外財団法人食品薬品安全センター(以下「食品薬品安全センター」という。)との間に試験委託契約を締結した。試験委託費用については、前者が八六六万円、後者が八〇〇〇万円と約定され、契約締結時に半額、最終報告書提出時に残額の支払いと取決められた。原告は前記各試験委託契約に基づき、次のとおり食品薬品安全センターに支払ったものである。
急性毒性試験
①昭和五八年九月九日 四三三万円
②同五九年七月三一日 四三三万円
亜急性毒性試験
①昭和五八年一〇月三一日
四〇〇〇万円
②同六〇年五月三一日 四〇〇〇万円
ロ 非げっし類を用いた器官形成期投与試験、げっし類を用いた器官形成期投与試験、周産期及び授乳期投与試験に要した費用の損害 七五七七万八三〇〇円
原告は、なるべく早期に信頼性の高い試験報告書が完成するという観点から委託先を検討した結果、米国ミシガン州にあるインターナショナル・リサーチ・アンド・コーポレーション(以下「IRDC」という。)に右三試験を受託することにした(なお、IRDCは医薬品の各種試験を受託することを業務とする会社であるが、米国法人であるため、原告はWILを通じてIRDCに試験委託を行なうこととし、WILは更にAHPCの事業部であるワイス・ラボラトリーズを通じてIRDCに原告の試験委託を取次ぎ、従って、IRDCの本試験受託に関する文書はワイス・ラボラトリーズ宛となっており、また、原告によるIRDCへの試験委託料の支払いはWILを通じてなされている。)。
①非げっし類を用いた器官形成期投与試験
原告はWIL及びワイス・ラボラトリーズを通じて昭和五八年四月五日頃IRDCに対しうさぎの器官形成期投与試験を委託した。その委託費用は、六万八五〇〇ドルと取決められた。
②げっし類を用いた器官形成期投与試験
原告はWIL及びワイス・ラボラトリーズを通じて同年四月二六日頃IRDCに対しラットの器官形成期投与試験を委託した。その試験費用は一二万三〇〇〇ドルと取決められた。
③周産期及び授乳期投与試験
原告はWIL及びワイス・ラボラトリーズを通じて同年四月六日頃IRDCに対しラットの周産期及び授乳期投与試験を委託した。その試験費用は一二万九〇〇〇ドルと取決められた。
以上の三試験の試験委託費用の支払時期については、昭和五八年五月一三日頃次のとおり約定された。
①うさぎの器官形成期投与試験
支払時期
金額
a
一九八三・五・一
二万ドル
b
〃 ・六・一
一万五〇〇〇ドル
c
〃 ・七・一
一万五〇〇〇ドル
d
〃 ・八・一
一万五〇〇〇ドル
e
〃 ・九・一
三五〇〇ドル
計
六万八五〇〇ドル
②ラットの器官形成期投与試験
支払時期
金額
a
一九八三・六・一
三万四〇〇〇ドル
b
〃 ・九・一
三万二〇〇〇ドル
c
〃 ・一二・一
三万二〇〇〇ドル
d
一九八四・三・一
二万ドル
e
〃 ・六・一
五〇〇〇ドル
計
一二万三〇〇〇ドル
③ラットの周産期及び授乳期投与試験
支払時期
金額
a
一九八三・五・一
四万一〇〇〇ドル
b
〃 ・八・一
四万一〇〇〇ドル
c
〃 ・一一・一
四万一〇〇〇ドル
d
一九八四・三・一
六〇〇〇ドル
計
一二万九〇〇〇ドル
原告がWILへ送金した状況は次のとおりである(なお、IRDCに対する試験委託費用の支払については、便宜上IRDCがワイス・ラボラトリーズ宛請求書を発行し、これを受けてWILが原告に請求書を送り、これに対して先ず原告がWILへ外貨送金し、WILからIRDCへ支払う方法を採用した。)。
送金日 為替レートによる換算日本円
①58.11.15 六万一〇〇〇ドル 一四三三万五〇〇〇円
②58.12.23 四万九〇〇〇ドル 一一四七万五八〇〇円
③59.1.11 一万五〇〇〇ドル三五一万円
④59.2.10 五万六〇〇〇ドル 一三一四万〇四〇〇円
⑤59.3.16 三万二〇〇〇ドル七二〇万一六〇〇円
⑥59.3.21 三五〇〇ドル 七九万四一五〇円
⑦59.6.25 三万二〇〇〇ドル七六〇万九六〇〇円
⑧59.7.20 四万一〇〇〇ドル九九八万三五〇〇円
⑨59.9.18 二万ドル 四九七万三〇〇〇円
⑩59.11.9 六〇〇〇ドル 一四五万〇五〇〇円
⑪60.2.15 五〇〇〇ドル 一三〇万四七五〇円
計三二万十五〇〇ドル計七五七七万八三〇〇円
(四) 弁護士費用 八一五五万円
本件は種々専門的な検討を要する争点を含む事件であり、原告としては弁護士にその訴訟遂行を依頼せざるを得ない。原告の本訴請求の損害額合計は八億一五六七万五二四四円であり、原告は、この金額の賠償が支払われた場合にはその一割(一万円以下切捨て)に相当する金八一五六万円の弁護士報酬をその代理人らに支払うことを約しているところ、この損失も被告らの行為と相当因果関係を有するから被告らに対してその賠償を請求する。
(五) 総損害額
八億九七二三万五二四四円
(一)(4)イロハニホ、(二)(3)イロハ、(三)(2)イロ及び(四)の各具体的損害額の合計
6 被告山口の責任について
被告会社の社長の地位にあった被告山口には、新薬の開発というその安全性が人命にかかわる製薬会社の代表取締役として、新薬の開発業務が適正に行なわれるよう少なくともデータ捏造という不正が行われないよう、担当取締役及び社員を監督すべき監督義務があったにもかかわらず、被告山口はこれを怠り、担当取締役及び社員の組織的なデータ捏造を知りながらこれを放置したものである。仮に、被告山口が社員らの不正行為を知らなかったとしても、被告山口は、データ捏造という不正行為が行われないような管理体制を整備し、不正行為を未然に防止し、あるいは不正行為を直ちに発見できるように監視監督する義務を負っていたにもかかわらず、かかる管理・監視体制を取ることを怠ったものである。ことに、昭和五五年一〇月ころ、厚生省からノルベダンのデータ捏造事実の疑いを指摘され説明を求められた時点で十分な調査を行っていれば、不正を発見できたはずであり、これを怠り、不正を防止できなかった被告山口には重大な過失がある。
7 よって、原告は、被告会社に対しては債務不履行による損害賠償請求権に基づき(予備的に不法行為請求権に基づき)、被告山口に対しては商法第二六六条の三に基づき、金八億九七二三万五二四四円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五九年七月一四日から支払済みに至るまで、被告日本ケミファ株式会社は商事法定利率年六分、被告山口明は民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1項の事実は認める。
2 同2項の事実のうち、原告と被告会社が鎮痛抗炎症剤であるフェンチアザク製剤を日本国内で販売するため厚生大臣の製造承認を取得することとした事実は認めるが、原告と被告会社が共同開発の合意をした事実は、否認する。被告会社は、フェンチアザクに関し厚生大臣の製造承認を受けるのに必要な資料を、原告に贈与したものである。
3 同3項の事実は否認する。
4(一) 同4項(一)の事実は否認する。
(二) 同(二)の事実は認める。
(三) 同(三)の事実のうち被告会社がフェンチアザクの製剤の製造承認申請のために作成した臨床試験データの一部を捏造したこと、このことが昭和五七年一一月二〇日ころ発覚し、被告会社が厚生省の事情聴取に対しデータ捏造を認めたため「ノルベダン」の製造承認が取消されたこと、原告が被告会社の資料をもとにフェンチアザク承認申請をしたこと、原告が厚生省の指示によりドノレストの製造販売停止並びに製品の回収を指示された事実は認め、共同開発の合意及び共同開発による申請との部分は否認する。その余の事実は知らない。
(四) 同(四)の事実は知らない。
5 同5項の各事実は不知又は否認する。
6 同6項の事実は否認する。
7 同7項は争う。
三 抗弁
1 危険の引受
昭和五五年初め頃、被告会社社員曽根原は、原告社員矢後に対し、頸肩腕症候群、肩関節周囲炎、腱鞘炎に関する臨床データの捏造について予め知らせその了解を得ている。原告は、右捏造資料であることを知りながらこれをドノレストの製造承認申請に利用したものである。従って、原告は、右捏造事実が顕在化した場合の、リスクを認識し、かつそのリスクを引受けたものというべきであるから、被告らに対し損害賠償を請求しえない。
2 原告に対するフェンチアザク製剤(ドノレスト)製造承認の無効
(一) 原告は自社で負担すべき規格・安定性試験・生物学的同等性試験の資料を捏造している。
(1) 原告はフェンチアザク(原末)の規格・安定性試験及び製剤の安定性試験を昭和五二年七月から昭和五五年三月まで原告戸田工場で実施したとして申請書類に記載している。しかし、昭和五二年七月当時、右工場は未だ存在していなかったにもかかわらず、右工場において試験を実施したかのごとく記載した右申請書類の内容は虚偽である。
(2) 原告は、製剤用の打錠及びフィルムコーティング用の機械を持たず、錠剤そのものを作ることが不可能であったにもかかわらず、原告研究室において製造した錠剤を使用して規格・安定性試験を行ったかのごとく申請資料を捏造した。
(3) 原告は、生物学的同等性試験を行なうことができなかったので、被告会社に依頼して試験資料を捏造した。
(二) 原告は臨床試験を行うに際し、自身でサンプルを用意しなければならないにもかかわらず、サンプル(フィルムコーティング錠)を作成できなかったので、被告会社のノルベダン錠の提供を受けて、試験を実施した。従って、原告の臨床試験資料は虚偽資料である。
(三) 原告のフェンチアザク製剤(ドノレスト)の製造承認申請につき、右(一)(二)の資料捏造の行為を看過していた厚生大臣の製造承認は無効である。従って、かかる無効の製造承認を基礎として損害の発生をいう原告の本件損害賠償請求は理由がない。
3 クリーンハンド原則違背
右のとおり、原告はドノレストの製造承認申請に際しては自らもデータを捏造していたのであるが、その原告が、被告会社のデータ捏造により被った損害の賠償を被告らに求めるのは、クリーンハンドの原則に違背し、許されない。
4 和解契約による損害賠償義務の免除
被告会社は、訴外スイス法人バイエクス・ソラリス・A・G(以下「Biex」という。)に対し、本件事件によりコンパウンドの継続購入の義務を履行できなくなったことについてその損害賠償をすることを約し、昭和五八年八月三〇日、Biexとの間で、和解契約を締結した。右和解契約中において、被告会社はBiexに対し和解金三億円を支払う旨約束したのに対し、Biexは被告会社に対し本件サブライセンス契約に関連し原告を含むワイス側から生ずるいかなるクレーム、損害賠償請求から被告会社を一切免責することを約束した。
そして、右和解契約に基づき被告会社はBiexに右和解金の支払を了したから、原告に対して被告会社は何らの責任も負うものではない。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実はいずれも否認する。
(反訴)
一 反訴請求原因
1 被告会社はBiexとの間の本件サブライセンス契約に基づき、原告が日本においてフェンチアザク製剤の製造承認を受けるために必要なデータ等を原告に贈与した(以下「本件贈与契約」という。)。
2 要素の錯誤による無効
(一) 本件贈与契約は、被告会社と原告とでフェンチアザクの日本における市場を独占することが基本条件となっていた。
(二) ところが、その後被告会社は、製造品目承認を取下げざるをえない行政指導を受け、製造及び輸入業務停止という厳しい行政処分を受けて、ノルベダンの販売をなしえなくなった。
これに対し、原告はいったんドノレストの製造販売停止処分を受けたものの昭和五八年一二月一日に製造販売再開を認められ、その後は原告がフェンチアザクの市場を独占している。
(三) 原告は、いったん市場を両社で分かち合うという共通の認識のもとに、「二人三脚」で進むことを了解しておきながら、一方のパートナーが挫折するや猛然とその非を一方的に責めたて責任追及のため本件本訴を提起した。その反面原告は被告会社から贈与を受けたデータを基に一人市場を独占し、利益を上げている。
(四) 被告会社において、事態がこうした方向に進むこと、及び原告が一方で贈与による利益をいまだに享受しつつ他方で被告会社に損害賠償を求めるというような非道義的な行為をする会社であることを知っていたならば、この贈与は到底行なわなかったであろうことは明らかであり、この点で本件贈与契約にはその要素に錯誤があり、無効である。
3 事情変更による解除
このように贈与当時予想しえなかった事情の変化が生じたこと、及び原告の反道義的行為の発生は、本件契約を破棄するに足る事情変更に該当し、被告会社は第一〇回口頭弁論期日において本件贈与契約を解除した。
4 不当利得
(一) 被告は、原告に供与したデータの研究開発のために次の金員を費やした。
(1) ライセンス契約導入費
一九二七万円
(2) 原末及び製剤試験費
二八六九万円
(3) 前臨床試験研究費
五億三〇八二万円
(4) 臨床開発費 一〇億〇七七三万円
右合計 一五億八六五一万円
(二) 原告は、被告会社から同社の開発したデータの提供を受けることにより、右開発研究費に相当する利得を得た。
5 よって、被告会社は原告に対し、不当利得返還請求権に基づきその一部である金六億八六一九万七六〇一円及びこれに対する本件反訴状送達の日の翌日である昭和六一年八月七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 反訴請求原因に対する認否
1 反訴請求原因1項のうち、被告会社がBiexとの間で本件サブライセンス契約を締結したこと、被告会社が原告に対し被告会社主張のデータ等を原告に提供することを約束したことは認めるが、その余の事実は否認し、データ等の提供が贈与であるとの被告会社の主張は争う。原告は被告会社との間に成立した本件共同開発の合意に基づいて被告会社からデータ等の提供を受けたものである。
2 反訴請求原因2項のうち、被告会社が行政処分によりノルベダンの製造販売をなし得なくなったこと、原告もドノレストの製造販売停止処分を受けたこと、原告が昭和五八年一二月一日にドノレストの製造販売を認められたことは認め、その余の事実は否認する。
3 反訴請求原因は争う。被告会社が受けた処分は、データ捏造という被告会社の違法行為が原因であり、自らが招いたものであるから、解除権を発生させるような事情変更の事実には当らない。
4 同4項の(一)の事実は不知。同(二)の不当利得であるとの主張は争う。
第三 証拠<省略>
理由
(本訴について)
一請求原因について
1 当事者間の争いのない事実
請求原因1項(一)ないし(三)の各事実及び同4項中原告が昭和五五年五月二六日にフェンチアザク製造承認申請を行ったこと、同五六年一二月七日原告と被告会社が同時に厚生大臣より右製造承認を受け、同五七年二月一日から、原告は「ドノレスト」、被告会社は「ノルベダン」の各名称で同時に発売を開始したことは当事者間に争いがない。
2 共同開発の合意
(一) 右争いのない事実に<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。
(1) フェンチアザクは、AHRCの子会社で英国法人である訴外ジョン・ワイス・アンド・ブラザー・リミテッド(以下「JWB」という。)が発明した非ステロイド系の消炎、鎮痛、下熱作用を有する新しい医薬品であり、我が国においては、昭和四二年一一月一七日、JWBが特許出願をなし、同四九年一〇月一六日、特許出願公告(出願公告番号昭四九―〇三八二六七)がなされ、昭和五〇年一月二四日特許査定を受け、同年七月二三日特許権設定登録が行われた。
(2) JWBは、昭和五一年八月二七日、訴外イタリア法人LPBイスチチュート・フアルマソウチコS・P・A(以下「LPB」という。)との間において、フェンチアザクについて後記内容の実施許諾契約(以下「本件ライセンス契約」という。)を締結した。本件ライセンス契約の内容は、JWBは、LPBに対し契約で定められた地域(アメリカ、日本、西ドイツ及びイタリアを除く世界各国)において許諾化合物(フェンチアザク)を製造しあるいはフェンチアザクを含有する製剤の製造・販売のためにフェンチアザクを使用・販売する権利及びこれらの権利をアメリカ、日本、西ドイツ及びイタリアを除く世界各国において一人の再実施権者に限り再実施を許諾する権利を付与するというものである。
(3) LPBは、本件ライセンス契約に基づき、フェンチアザク製剤を市場に出すための契約や再実施権を第三者に付与する契約を締結するための独占的代理権を訴外スイス法人バイエクス・ソラリス・A・G(以下「Biex」という。)に授与した。
(4) LPBの独占的代理人であるBiexは、昭和五一年一二月三一日、本件ライセンス契約中のサブライセンス条項に基づき、被告会社との間でフェンチアザクについて、LPBは、被告会社に対し、被告会社が日本においてフェンチアザク製剤の製造・販売のためフェンチアザクを使用する独占的で譲渡できない限定的再実施権を付与する内容のサブライセンス契約(以下「本件サブライセンス契約」という。)を締結した。
本件サブライセンス契約においては、日本における再実施権者である被告会社とワイスグループの一員である原告とが日本においてフェンチアザク製剤を共同開発し、かつ共同で医薬品の製造承認申請を行うことが予定されており、具体的には被告会社がフェンチアザク製剤の開発事業のほとんど大部分を分担する代りに、日本における右製剤の独占的再実施権(原告を除く。)を取得するものとし、他方ワイスグループの一員である原告は被告会社から製品開発に関する情報の提供を受けることにより、右製剤に関し日本において医薬品の製造承認を受ける利益を取得するというのが、右契約の趣旨であった。したがって、本件サブライセンス契約では、LPBの代理人のBiexと被告会社との間に次の①ないし④の諸点についても合意がなされた。
① 被告会社は本契約期間中に開発する許諾化合物(フェンチアザク)及び許諾製剤(フェンチアザクを含有する製剤)に関する全ての化学、製剤のデータ及び全ての臨床、薬理、毒性のデータを日本語で無償でBiexに速やかに提供する。
② Biexは、
イ 被告会社から提供されたフェンチアザク製剤製造に関する情報及び科学的情報をJWBに開示する権利
ロ JWBが日本を含む世界のいかなる国においてもフェンチアザクを含有する薬剤の公式な政府の承認、登録または免許を申請することを含めて、JWB自身の事業目的に前記情報を使用することを、JWBに対して許可する権利及び
ハ JWBが原告(WJC)に前記情報を開示しかつ原告に右情報の使用を許諾することをJWBに対し許可する権利
のイないしハの権利をそれぞれ有すること。
③ 被告会社はフェンチアザク製剤の製造承認申請のために日本において権限ある当局へ提出された申請書の完全なる写し一部を無償でBiexに速やかに提供する。
④ Biexは、
イ 被告会社から提供された公式の申請書に含まれる資料またはその一部をBiexの実施権者、LPB及びJWBに開示する権利を有し
ロ また、Biexの実施権者、LPB及びJWBに対し、右情報を自己の事業目的のために使用すること
(フェンチアザク製剤の公式な政府の承認、登録、免許を申請することを含む。)を許可する権利
を有する。
(5) JWBとLPBは、昭和五二年一月一九日、本件サブライセンス契約に対応する措置を定めるため、本件ライセンス契約の一部を変更、追加する追加書簡契約(以下「追加書簡契約」という。)を締結し、左記①ないし③のとおり合意し、又は確認した。
① JWBはLPBに対し、LPBがフェンチアザクに関し、日本において第三者に再実施権を付与する権利を与える。
② LPBはJWBに対し、LPBの日本における再実施権者(被告会社)が、原告においてフェンチアザクの製造及び販売に必要な公式の日本政府の承認が得られるよう原告に協力し援助することを保証する。なお右協力と援助は、LPBと日本におけるその再実施権者の前臨床及び臨床実験を原告が最大限に利用できることを含むがそれだけに限定されない。
③ 原告は、日本においてフェンチアザク及び同製剤を製造、使用し、又は販売する権利を有するが、LPBに対し与えた権利を除き、JWBは、日本でのフェンチアザク及び同製剤の販売権を原告以外の者には与えないものとする。
(6) 本件サブライセンス契約は、日本において原告と被告会社の両社にフェンチアザク製剤の共同開発に当らせるとともに、開発後においては日本市場において右両社にフェンチアザク製剤の独占的販売権を取得させることを狙いの一つとしたものである。昭和五二年一月二一日、被告会社の研究開発担当の露木取締役、田岡課長及び中村部員(役職名はいずれも当時のもの。以下同じ。)が原告会社を訪問し、第一回会合が開かれた。右会合で、被告会社は、フェンチアザク製剤に関し自己のマーケットシェアを確保したいとの意図の下に、原告に対し大手製薬メーカーを一手販売元として起用しないことを求め、主にフェンチアザク製剤の販売経路につき、交渉がなされた。その後原告は、日本製薬協会に加盟している会社を販売ルートとして使わない、右協会に加盟してない大正製薬も販売ルートに入れないとの被告会社の提案をのんだ。
(7) ついで、同年三月一一日、原告会社本社において原告、被告会社、Biex間で、Biex側からランペルティ、被告会社側から藤本康夫(常務取締役・研究開発担当)、露木佐助(開発総務部長)、田岡(研究開発担当課長)、中村(研究開発部員)、原告側から米本了(代表取締役)、矢後長敬(開発部長)、ブッシュ(ワイス・インターナショナル・リミテッド。以下「WIL」という。)、バティッシュ(WIL)が出席して第二回会合が開かれた。右会合において、原告は、原告と被告会社の共同開発に係るフェンチアザク製剤の製造承認申請をなすうえで薬事法上最低限原告自身が行うことを要求される一定の試験、即ち理化学試験、安定性試験、若干の臨床試験のみを行い、その他の試験資料はすべて被告会社が分担し、その研究成果及び資料を原告に提供する旨の合意が成立した。
(8) Biexのランペルティは、右会合の直後の昭和五二年三月二四日、被告会社の田岡課長に対し、「当社は、三月一一日に日本ワイス社内で開かれた合同会議で成立した合意を以下のとおり確認いたします。すなわち、貴社は、開発データに関する貴社の計画について日本ワイスと調整をはかり、事前に討議するよう最善をつくすものとし、かつ、日本ワイスのフェンチアザク製剤の製造販売に必要な公式な日本政府の承認を取得するについて積極的に日本ワイスと協力し、これを援助するものとします。」と記載した書簡を送り、右第二回会合において成立した合意につき右書簡のとおりの内容である旨の認識を示して確認したが、被告側からは右内容につき何らの異議も述べられなかった。
また、WIL社のバティッシュは、第二回会合後の昭和五二年三月三〇日、右会合中にバティッシュが自分でとったノートに基づき、右会合において成立した合意の内容を出張報告書に記載した。そして右出張報告書によれば、右会合においては、原告及び被告会社がフェンチアザク製剤の製造承認申請をするについて、原告においてなすことが必要とされる最少限の事項を除き、その余は被告会社が自己の費用負担で試験研究を行うとの前提のもとに、主として原告と被告会社とが協力を開始すべき時点等について交渉が行われたこと、その結果、「日本ワイスと日本ケミファは、日本におけるフェンチアザクの開発のために用いられる試験計画書の立案と研究の実施にあたり、両社間で最大限の協力をする。試験計画書の立案と討議は、作業開始前に行われるものとする。日本ケミファと日本ワイスが先生方に研究を依頼する際は、それが前臨床試験であれ、臨床試験であれ、両社の名前で依頼するものとする。当該実験の結果得られた一切のデータ及び出版物には、両社の名前をのせることとする。」との合意が成立したとの記載がある。バティッシュは同年四月一三日ランペルティに右合意の内容を記載した書簡を送り、その確認を求めるとともに、併せて被告会社代表者にもこれを伝えるように依頼したところ、ランペルティは直ちに被告会社に右書簡の写を交付したが、その内容についても被告会社からは異議が述べられた形跡はない。
(9) その後も、原告被告会社間ではフェンチアザクの製造承認申請に必要な作業の内容等につき担当者の打ち合せや協議が行われた。
(10) 昭和五四年末になり各種試験の完了が近付いたので、両社協議の上申請書提出の時期を昭和五五年三月とすることに決め、原告の得た臨床試験データ並びに規格試験及び安定性試験のデータ及び論文の別刷を被告会社に送付し、被告会社は自己の集めたデータと原告の送付したデータを整理編集して印刷し、申請書添付資料一式を作成した。
(11) 原告は、被告会社が編集し整理した添付資料一式の提供を受け、被告会社は昭和五五年五月一六日茨城県庁薬務課を介し、原告は同月二六日埼玉県庁薬務課を介し、それぞれフェンチアザク製剤の製造承認申請書を厚生大臣に提出した。
原・被告両社が行ったフェンチアザク製剤の製造承認申請は、原・被告両社の共同開発による製剤の申請としてなされたものであり、したがって、被告会社提出の申請書には「日本ワイス株式会社と共同開発による申請」との記載がある。
(12) 右承認申請に関する厚生省のヒアリングが昭和五五年七月二〇日ころ行われたので、原告(矢後他三名)と被告会社(大野取締役他一〇数名)はこれに共同して出席し、厚生省の係官によるヒアリングを受けた。その後中央薬事審議会新医薬品第一回調査会で審議が行われ、同五六年一二月七日原告と被告会社は、同日付で輸入並びに製造承認を受け、右承認に基づき原告は「ドノレスト」、被告会社は「ノルベダン」の各名称でフェンチアザク製剤の製造を始め、同五七年二月一日から右各製品を同時に発売することを原告及び被告会社協議の上決定した。
以上の各事実が認られ、右認定を左右するに足る証拠はない。
(二) 右事実によれば、昭和五二年三月一一日、原告と被告会社間において、原告と被告会社とは、フェンチアザク製剤について共同開発による製造承認申請を行ない、原告の各種試験研究の分担は、共同開発による製造承認申請するために必要最少限とし、フェンチアザク製剤の製造承認を取得するために必要なその他一切の試験研究は被告会社がその費用負担で分担実施し、その結果を作業完了後原告に提供することを骨子とする共同開発の合意(以下「本件共同開発の合意」という。)が成立したというべきであり、前記のとおり、Biexが被告会社と本件サブライセンス契約を締結した昭和五一年一二月三一日当時、Biexに代理権を授与したLPBには日本においてフェンチアザクに関し再実施権を付与する権限がなかったが、その数日後、追加書簡契約によって、LPBは日本企業に対しフェンチアザクに関して再実施権を付与することが可能となり、その代償としてLPBは、日本における再実施権者(被告会社)が原告に対し日本におけるフェンチアザク製剤の製造承認取得に関し協力、援助すること、すなわちその前臨床及び臨床試験のデータを原告に使用させることを保証することに合意しているのであるから、本件共同開発の合意は、被告会社が日本においてフェンチアザクに関する再実施権を取得するにあたってのいわば見返りであったというべきである。証人露木佐助の証言、被告山口本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠及び右認定事実に直ちに採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
従って、被告会社は、本件共同開発の合意により、被告会社が分担して実施することとなった臨床試験など各種試験を誠実に実施し、その結果得られた資料を原告に提供してフェンチアザク製剤の日本における製造承認が円滑、確実に取得できるよう原告に対し協力、援助すべき義務(以下右義務を「本件協力援助義務」という。)を負担したというべきである。
3 被告会社の債務不履行及びその後の経過
<証拠>によれば次の事実が認められる(一部争いのない事実を含む。)。
(一) 被告会社は、フェンチアザク製剤の製造承認を受けるために分担作成して添付した臨床試験のデータを捏造し、このことが昭和五七年一一月二〇日ころ発覚し、被告会社が厚生省の事情聴取に対し捏造の事実を認めたため、そのころ「ノルベダン」の製造承認が取消された。
(二) 右の影響を受け、原告が製造承認を受けていたドノレストも被告会社との共同開発による申請で承認申請時に添付した資料の多くが被告会社から提供を受けたものであって、「ノルベダン」と「ドノレスト」の資料の大部分が共通のものであったため、原告も被告会社のデータ捏造事件の発覚と同時に厚生省から製造販売停止の指示を受け、これに従い昭和五七年一一月二一日ドノレストの回収及び製造販売停止の措置を行った。
(三) さらに厚生省が被告会社が器官形成期投与試験等においてもデータの捏造を行っていたとの疑惑を招いていたため、原告は、昭和五八年三月一四日開催の新医薬品第一調査会の審議結果により、厚生省から、わが国のガイドラインに従い、非げっし類を用いた器官形成期投与試験(催奇形性試験)を用いた成績を提出すること及び本結果の評価の終了するまで販売を控えることを指示されただけでなく、また急性毒性試験及び亜急性毒性試験(犬を用いて国内で行うこと)など四種の試験をわが国のガイドラインに従って行い、後日報告することを指示された(なお、右試験はいずれも被告会社の担当部分であった。)。
(四) そこで原告は、厚生省から指示された内容の各種試験を国内外で実施した上、その資料を厚生省に提出し、昭和五八年一〇月開催の新医薬品第一調査会をパスし、同年一一月三〇日にドノレストの製造販売の再開を認められ(なお、その際厚生大臣から頸肩腕症候群、肩関節周囲炎及び腱鞘炎の効能を削除するよう命ぜられた。)同年一二月一日からドノレストの製造を再開した。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定事実によれば、被告会社の前記データ捏造は本件共同開発の合意に基づき被告会社が原告に対し負担するに至った本件協力援助義務に違反するものであるから、被告らの後記抗弁が認められない限り、被告会社は、右債務不履行及びこれに起因する右認定の経過の中で原告が被った後記損害を賠償すべき義務がある。
4 損害
(一) 返品による損害について
(1) 再販売不能により廃棄処分に付した製品の製造原価の損失
<証拠>、請求原因5(一)(1)イ(ドノレストの販売状況)、5(一)(2)(ドノレストの販売中止及び即時回収による返品状況)、5(一)(4)イ(返品されたドノレストのうち再販不能により廃棄処分に付した製品の製造原価の損失)の各事実が認められ、右事実によれば、返品されたドノレスト中、回収返品までの過程で、開封、破損、数量不足を生じ廃棄処分を余儀なくされたドノレストの製造原価は合計金一三八九万七〇八二円であり、これは被告会社の前記債務不履行によって原告が被った損害というべきである。
(2) 返金した開発援助費及び販売促進援助費の損失 三三〇九万九〇五〇円
<証拠>によれば、請求原因5(一)ロabc(開発援助費及び販売促進援助費)、5(一)(3)(同じ開発援助費及び販売促進援助費の返金状況)、5(一)(4)ロ(返金した開発援助費及び販売促進援助費の損失)の各事実が認められ、右のとおり原告が訴外日本商事に返金した開発援助費及び販売促進援助費合計三三〇九万九〇五〇円は被告会社の債務不履行がなければ原告にとって得べかりし収入であるといえるから、被告会社は、右返金相当分を賠償すべきである。
(3) 返金による粗利益の損失
一億一四六二万四四三五円
前記5(一)(二)で認定した事実によると、原告は、ドノレストの回収措置に伴い日本商事から合計二億六六八六万〇七六五円(販売価格)分のドノレストの返品を受け、右返品分に相当する代金を払い戻したこと、右ドノレストの粗利益の額は別表4記載のとおりであること、従って右返金分のうち粗利益の合計は別表5記載のとおり合計一億一四六二万四四三五円であることが認められ、右粗利益相当の金額は被告会社の債務不履行がなければ、原告の得べかりし利益となるべきものであるから、被告会社はこれを賠償すべき義務がある。
(4) 返品による受入れ運送費の損失
一七万一九九〇円
<証拠>によれば、原告は前記ドノレストの返品を引取るために、請求原因5(一)(4)ニのとおり(但し昭和五八年二月四日の三五〇〇円を除く。)トラック運賃を運送会社に支払い、その合計額は一七万一九九〇円であることが認められた被告会社は右金額を賠償すべき義務がある(なお、原告は昭和五八年二月四日三五〇〇円の運送費を支出した旨主張するがこれを認めるに足る明確な証拠がないから、採用できない。)。
(5) 返品された後再度販売されたドノレストに関する製造固定費の損失
二四〇一万四七七二円
イ <証拠>によれば、原告は返品されたドノレストのうち廃棄処分に付した製品以外の製品は、販売再開を許された日以降に外箱と添付文書を取替える、いわゆる「仕立替え」を行った上で再度販売したこと、販売再開後の一年間に販売されたドノレストの総錠数は三九九五万八〇〇〇錠で、そのうち仕立替えによる再出荷品の数量が一六〇七万〇八〇〇錠であり、再出荷品がドノレストの販売総数の四〇パーセントを占めたこと、原告は再出荷分だけドノレストの新たな製造を差控えたこと、ところで、ドノレストの製造原価は、製造数量に比例して発生する変動費(原材料費、製造に要する動力費、運送費、販売費用等)と製造数量多少にかかわらず発生する固定費(人件費、福利厚生費、地代家賃、減価償却費、固定資産税等の税金、一般管理費等)とから構成されるが、その年度の固定費の総額は製造数量の多少にかかわらず一定であるから、ドノレスト一錠当りに占める固定費の額は製造数量が増加すればするほど減少し、利益が上がる関係にあること、ところが、販売再開後の一年間は、前記のとおり、再出荷品(再出荷品の製造固定費は昭和五七年度において計上済みである。)の分だけ製造を縮少したため、その限度で単位数量当りの固定費の額が増加し、損失が生じたこと、ところで、ドノレストは原告戸田工場で製造されていたが、ドノレストの再販売開始後一年間の期間にほぼ一致する昭和五八年一一月一日から同五九年一〇月三一日までの一年間の戸田工場における製造固定費は一億七〇三八万五三六七円であり、同期間中に同工場で製造された製品はワイパックス六〇二六万四七〇〇錠、プラノバール一三八〇万錠、ドノレスト三九九五万八〇〇〇錠(再出荷分一六〇七万八〇〇〇錠を含む。)であったこと、以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
ロ そこで、右事実に基づき、同期間中に右ドノレストの製造に要すべき固定費をそれぞれの製造数量に基づいて比例按分すると、次のとおり、五九七〇万九六七〇円となる。
一億七〇三八万五三六七円×三九九五万八〇〇〇÷(六〇二六万四七〇〇+一三八〇万〇〇〇〇+三九九五万八〇〇〇)=五九七〇万九六七六円
しかしながら、右ドノレストの数量中には再出荷分一六〇七万〇八〇〇錠が含まれているので、再出荷分のドノレストに係る固定費の額を算出すると次のとおり、二四〇一万四七七二円となる。
五九七〇万九六七六円×一六〇七万〇八〇〇÷三九九五万八〇〇〇=二四〇一万四七七二円
そして、右金額は、再出荷分のドノレストの製造原価には吸収されないため、結局その分だけ、新規製造分のドノレストの製造原価を押し上げる計算となり、原告の損害となるというべきである。
ハ なお、証人鳥海昭は、ドノレストの係る製造固定費を算出するに当り、戸田工場で生産される他製品は包装作業を行うのみであるのに対し、ドノレスト戸田工場において包装以外に製剤作業(輸入原末に賦型剤を加えて打錠し、錠剤を作る作業)も行っていることを考慮し、ドノレストは他製品の二倍の作業・管理量があるものとみなして計算すると、同工場で製造される全製品中にドノレストが占める比重(配賦率)は51.9パーセントとなる旨供述するが、他製品と比較してドノレスト製造に係る作業・管理量が大きいとしても、これについて具体的な算定資料の提出がないから、同証人の右証言だけでは、ドノレストの製造につき他製品の二倍の固定費を要するとまでは認めることができず、他にこれを認めるに足る証拠はない。
(二) ドノレストの製造販売停止による損害について
(1) 製造販売停止期間中の得べかりし利益 一億九五四三万八五八五円
前記4(一)の認定事実によれば、ドノレストが発売された昭和五七年二月一日から同年一〇月末日までの一〇か月間のドノレストの販売実績は六億〇一六七万二七〇〇円であるから、これを一年ベースに修正した七億二二〇〇万七二四〇円をもってドノレストの製造停止期間中である昭和五七年一一月二一日から昭和五八年一一月二九日までの推定売上高と認めるのが相当である。
これにつき、原告は製造停止期間中の推定売上高の算定にあたり、前年度の売上高より少なくとも12.88パーセントの売上高増加が確実に見込める旨主張する。なるほど<証拠>によれば、ドノレストと同種の消炎鎮痛剤の代表的四品目の売上高は一年目のそれに比べ平均53.3パーセント増加しており、最も増加率の低い品目でも20.1パーセントの増加を示していること、原告は昭和五七年二月一日から一一月下旬までのドノレストの販売実績を基礎にこれを一年ベースに修正したうえ昭和五七年一一月一日から昭和五八年一〇月三一日までのドノレストの売上高を一年目の売上高の12.88パーセント増である八億一五〇六万五〇〇〇円と計画していたことの各事実が認められるが、発売間もない製品の売上予測に随伴する不確実な側面は右各事実によっても払拭し難く、他に特段の事情がない以上少なくとも前年と同程度の売上を予測するのが相当であるから、原告の右主張は採用しない。
ところで前掲鳥海昭の証言及び甲第八八号証によれば売上高から製造原価を差引いた粗利益の売上高に占める割合、つまり粗利益率は42.6パーセントと認めるのが相当であるから粗利益の額は三億〇七五七万五〇八四円となる。
七億二二〇〇万七二四〇円×0.426=三億〇七五七万五〇八四円
また<証拠>によれば、原告の全製品の販売費の予測金額は請求原因5(二)(3)イで主張するとおり合計八億七一九七万九〇〇〇円であること、このうちドノレストの販売費は12.86パーセントであり、その額は一億一二一三万六四九九円であることが認められる。右事実によれば、製造・販売停止期間中のドノレストの製造・販売による得べかりし利益は右粗利益額三億〇七五七万五〇八四円から右販売費一億一二一三万六四九九円を控除した一億九五四三万八五八五円と認めるのが相当であり、被告会社は右得べかりし利益を賠償すべき義務がある。
(2) 製造販売停止期間中の販売促進援助費・開発援助費
九二七五万〇八八〇円
販売促進援助費・開発援助費においても(1)と同様に少なくとも前年と同程度の売上を予測するのが相当であるところ、販売停止前の約一〇か月間における販売促進援助費及び開発援助費を一年ベースに訂正すると、得べかりし販売促進援助費及び開発援助費は九二七五万〇八八〇円と認めるのが相当である。
(3) 製造販売停止期間中の製造固定費
六三二〇万八六七一円
イ <証拠>に前記認定事実を総合すると、ドノレストの製造販売停止期間中、ドノレストが製造できなかったことにより他製品の価格に上乗せできず損害として残った製造固定費が発生したこと、ドノレストの製造販売停止期間にほぼ一致する昭和五七年一一月一日から同五八年一〇月三一日までの戸田工場における固定費は一億七二七八万五六八四円であったこと、右期間内に戸田工場において製造された他製品は、ワイパックスが七五五〇万三五〇〇錠、ブラノベールが一〇五六万錠であったこと、また、ドノレストについては、製造販売停止を命じられたため、同期間内に製造販売の実績はないが、昭和五七年一月から同年一〇月までの一〇か月間の販売実績が四一三七万〇九〇〇錠であったこと、以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
そこで、製造販売期間内においても前年度と同程度の売上があるものとして、同期間内のドノレストの売上高を推定すると四九六四万五〇八〇錠となる。
四一三七万〇九〇〇÷一〇×一二=四九〇四万五〇八〇
ロ ところで、原告は、右期間内の売上高を前年度の12.88パーセント増と予測し、またドノレスト一錠当りの固定費を他製品の二倍を要するものとして損害の計算をするが、右の各数値は確たる証拠に乏しく採用できないこと、右期間内の売上高を少なくとも前年度と同程度のものと予測するのが相当であり、またドノレスト一錠当りの固定費も少なくとも他製品と同程度のものと認めるのが相当であることは、前記(二)(1)及び(一)(5)において説示したとおりである。
ハ そこで、前記認定事実に基づき、ドノレストにつき製造販売停止命令が出されなかった場合にドノレストに按分されるべき固定費の額を各製品の製造数量を基として比例按分すると、次のとおり、六三二〇万八六七一円となる。
一億七二七八万五六八四円×四九六四万五〇八〇÷(七五五〇万三五〇〇+一〇五六万〇〇〇〇+四九六四万五〇八〇)=六三二〇万八六七一円
ニ 右はドノレスト製造販売停止により原告が被った右停止期間中の固定費相当の損害であるから、被告会社はこれを賠償すべき義務がある。
(三) ドノレストの製造販売再開のために支出した追加実験費用について
一億六四四三万八三〇〇円
<証拠>によれば、請求原因5(三)の各事実が認められ、これによると原告は合計一億六四四三万八三〇〇円を追加実験費用として支出したことが認められ、被告会社はこれを賠償すべき義務がある。
(四) 本件訴訟の弁護士費用について
原告は、本件が種々検討を要する争点を含む事件であることを理由に、原告が支出する弁護士費用も被告らの債務不履行と相当因果関係のある損害に当るとして、その賠償を請求するので検討するに、弁護士強制主義を採用していない我が国の法制の下においては、被告の応訴態度が不当抗争・不当応訴に当りそれが強度の違法性を帯びる等の特段の事情がない限り、債務不履行による損害賠償請求における弁護士費用は、債務者の債務不履行により通常生ずべき損害に該当しないと解するのが相当である。そして、本件において原告の主張する事由が存するとしても、それのみでは右の特段の事情に該当するとはいえず、他に右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、原告の右弁護士費用の請求は理由がない。
5 被告山口の責任について
(一) 被告山口が、昭和二八年一〇月から昭和五七年一二月まで、被告会社の代表取締役社長であったことは当事者間に争いがない。
ところで、医薬品は人体に投与されるものであるから、所定の薬効が確保されるべきことはもちろん、その安定性の確保がとくに重要であることはいうまでもなく、また、いったん医薬品の副作用による薬害が発生すれば、製薬会社に対してもその責任が追及されることとなって、製薬会社の経営にも重大な影響を及ぼすこととなるのであるから、製薬会社の代表取締役という責任ある地位にあった被告山口としては、右の点に心を致し、人命にもかかわることのあるべき新薬につきその製造承認を申請するに際しては薬事法の規定を遵守し、右申請行為が適正に行われるよう担当取締役及び社員を常に監督し、いやしくもデータ捏造等という重大な不正行為が行われないよう管理体制を整備すべき義務があるというべきである。
(二) 原告は、被告会社がノルベダンの製造承認申請をするに際し、被告山口には被告会社社員がデータを捏造したことを知りながらこれを放置した旨主張するが、右の知情の事実を認めるに足る的確な証拠はない。
(三) そこで、被告山口の重過失の有無について判断する。
<証拠>を総合すると、以下の事実を認めることができる。
(1) 被告山口は、被告会社の筆頭株主であるとともに昭和二五年六月に被告会社(旧商号・日立科学株式会社)の設立にも参加した被告会社の創業者の一人であったうえ、右設立と同時に被告会社の取締役に、昭和二八年一〇月には代表取締役社長にそれぞれ就任し、以後昭和五七年一二月まで二九年間の長期にわたりその地位に留まり、被告会社の発展とともに歩んできた者で、被告会社の内部事情に精通し、かつ名実ともに被告会社を支配してきた。
(2) 被告会社は、
イ 日大医学部三瓶晴雄講師ら一四人の共同執筆名義による日大板橋病院整形外科など六施設で実施されたとされる頸肩腕症候群に関する臨床試験データ一一〇例
ロ 日大医学部三瓶晴雄講師ら二人の共同執筆名義による日大板橋病院で実施されたとされる肩関節周囲炎に関する臨床試験二〇例
ハ 日大板橋病院整形外科の村岡洋、川口裕亮医師名による腱鞘炎に関する臨床試験データ二五例、
ニ 織本病院整形外科の越智浩医師名による肩関節周囲炎に関する臨床試験二一例、
ホ 長汐病院整形外科の綱野勝久医師名による肩関節周囲炎に関する臨床試験二七例
以上五件のデータをいずれも捏造し、ノルベダンの製造承認申請に添付資料として使用するとともに、前記のとおり原告との間の共同開発合意に基づきこれを原告に提供したことが発覚した。そのため、被告会社は昭和五八年一一月下旬、厚生大臣からノルベダンに関する製造承認を取消された。
(3) さらに、被告会社は、右以外にも昭和五四年九月二九日に製造承認申請をした血圧降下剤トスカーナについて申請時に提出した臨床試験論文二六編のうち二編(五〇例)についてデータを捏造していたことが発覚したため、昭和五八年一二月上旬厚生大臣からトスカーナに関する製造承認を取消されるとともに、そのころ八〇日間の製造及び輸入業務の停止処分を受けた。
(4) また、被告会社が昭和四六年三月に製造承認を受けた鎮痛消炎剤シンナミンについても被告会社に不利な副作用に関する動物実験データ二件を隠していたとの指摘を受け、さらに被告会社が厚生大臣に製造承認申請をした残る四品目についてもデータ捏造の疑いを持たれ、厚生省による調査が始ったため、被告会社は右五品目全部につき製造承認申請を自発的に取下げた。
(5) ノルベダンに関するデータ捏造は、被告会社の説明によれば、被告会社の一担当者が独断で実行に及んだものではなく、開発部長という責任ある地位にあった亡曽根原孝の指示によって行われていたとのことである。
(6) 被告山口は、社内で右(2)及び(3)のような不正行為が起こらないようチェックする管理体制を取っていなかった。
以上の事実を認めることができ、被告山口の本人尋問の結果中右認定に反する部分は、上記認定事実に照らし、採用できない。
右事実によれば、被告会社によるデータ捏造等は、判明した分だけでもドノレストにつき五件二〇三例と数が多く、またひとりドノレストだけに留まらず、他の医薬品の製造承認申請の際にもなされていたものであり、しかも、一担当者による単なる単発的ないしは偶発的な行為でなかったことが窺われることからすれば、右データ捏造等は、被告会社においては長期間にわたり広範かつ組織的に行われていたものと推認するのが相当である。
そして、右のような広範かつ組織的なデータ捏造等は、被告会社の社内の管理体制が確立されていればたやすく防止できたはずであるにもかかわらず、被告山口は前記義務に違反してこれをしなかったというのであるから、右データ捏造等を発見できなかった被告山口には重過失があるといわなければならない。
二抗弁について
1 危険の引受について
証人堀三三男は、被告会社担当者曽根原が、原告社員矢後に資料捏造の事実を告知していたと供述するが、右証言は伝聞ないし推測にすぎず、証人矢後長敬(第二回)の反対趣旨の供述が存在することも考慮すると、直ちには採用し難く、他に被告らの右主張事実を認めるに足る証拠はない。
そうすると、右危険の引受の抗弁は採用できない。
2 原告に対するフェンチアザク製剤(ドノレスト)製造承認の無効の主張について
被告らは、原告に対する厚生大臣のドノレスト製造承認の無効をいうが、本件の医薬品製造承認行為のごとき行政処分が当然に無効であるためには、例えば右医薬品が人体に有害である等の重大にしてかつ明白な暇疵が存在することが必要であるところ、被告らが無効事由として主張するところのものは、申請書の記載内容の過程や実験資料作成手続ないしは方法に関する薬事法違反の事実であって、それだけでは厚生大臣が原告に対してしたドノレスト製造承認行為に重大にして明白な暇疵があるとまでは到底いえない(被告らにおいても、フェンチアザクに薬効のあることを認めていることは、弁論の全趣旨により明らかである。)。
そうすると、被告らの右無効の主張は理由がない。
3 クリーンハンドの原則違背の主張について
被告らは、原告においてドノレストの製造承認申請をするに際し自らもデータの捏造をしていたにもかかわらず、被告会社のデータ捏造により被った損害の賠償を請求するのは、クリーンハンドの原則に違背し、許されないと主張する。
しかしながら、前記認定事実によれば、厚生大臣から原告がドノレストの製造販売停止を命じられたのは、もっぱら被告会社の資料捏造という不正行為に原因があり、原告によるデータ捏造が右製造販売停止命令の原因となったものではないこと、右製造販売停止命令により、前記認定のとおり、原告は多大の損害を被っており、被害の回復が要請されているのに対し(原告に与えられたドノレストの製造承認は、それが取消されていない以上法的保護の対象となることはいうまでもない。)、他方、原告にも被告ら主張のごときデータ捏造があったと仮定しても、これにより原告は被告らに何らの損害も与えてないことを窺うことができるのであって、右のような事情のもとにおいては、仮に原告にデータ捏造の事実があったとしても、原告が被告らに右損害の賠償を請求することがクリーンハンドの原則に違背するとはいえない。
他に、原告にクリーンハンドの原則に違反するような行為があったことを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、被告らの右主張も採用の限りではない。
4 和解による損害賠償義務の免除について
<証拠>を総合すれば、被告会社はBiexに対し、本件事件によりノルベダンの原料となるフェンチアザク原末継続購入の義務を被告会社において履行できなくなったことについてその損害を賠償することを約し、昭和五八年八月三〇日Biexとの間で、その旨の和解契約を締結したこと、右和解契約中において、被告会社はBiexに対し、「本件サブライセンス契約に基づく被告会社の債務不履行及び義務一切にかかわる賠償金として、金三億円を支払う。」旨約束したのに対し、Biexは被告会社に対し、「本件サブライセンス契約に基づく被告会社の債務不履行および義務一切にかかわる賠償金として、金三億円を支払う。」旨約束したのに対し、Biexは被告会社に対し「本和解契約締結日以後、Biexは、一切の賠償、クレーム、要求および訴訟から被告会社を解放し、永久に免除する。その中には、上記の一般的表現に限定されることなく、本件サブライセンス契約を理由とし、または本件サブライセンス契約から何らかの形態で既に発生しているおよび今後発生するかもしれない賠償、クレーム、要求および訴訟が含まれる。両当事者は、本和解条項記載の事項を除き、Biexと被告会社との間にはいかなる義務、クレームおよび責任も存在せず、今後も存在しないことを確認したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
右事実によれば、右和解契約はBiexと被告会社との間でもっぱら両者間の法律上の紛争を解決するため締結されたものであることが認められるから、右和解契約が原告と被告会社間の法律関係に影響を及ぼすものでないことは明らかである。
よって、被告会社の右抗弁は理由がない。
三以上の次第で、原告の本訴請求は、被告両名に対し金七億〇一六四万三七六五円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五九年七月一四日から、被告会社については商事法定利率年六分、被告山口については民法所定の年五分の各割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。
(反訴について)
一原告が昭和五二年三月一一日被告会社との間で本件共同開発の合意をするまでの経緯及び右合意の内容、並びに被告会社の債務不履行及びその後の経過、以上の各事実中なかでも、LPBの独占的代理人であるBiexが昭和五一年一二月三一日被告会社との間に本件サブライセンス契約を締結したこと、本件サブライセンス契約は、日本において原告と被告会社の両社にフェンチアザク製剤の共同開発に当らせるについて、右開発について被告会社の原告に対する協力義務を定めるとともに、開発後においては右両社にフェンチアザク製剤の日本における独占的販売権を取得させることを狙いの一つとしたものであったこと、被告会社が、原告と被告会社間に昭和五二年三月一一日成立した本件共同開発の合意に基づいて、原告が日本においてフェンチアザク製剤(ドノレスト)の製造承認を受けるために必要なデータ等を原告に提供したこと、被告会社は昭和五五年五月一六日、フェンチアザク製剤(ノルベダン)の、原告は同月二六日右ドノレストの各製造承認申請をなし、いずれも昭和五六年一二月七日厚生大臣からフェンチアザク製剤の製造承認を受けたこと、しかるに、被告会社が本件共同開発の合意上の義務に違反して被告会社がフェンチアザク製剤の製造承認を受けるために分担作成した臨床試験のデータを捏造し、そのことが発覚したため、昭和五七年一一月被告会社は厚生大臣からノルベダンの製造承認を取消されたこと、他方、原告もドノレストの製造承認申請をするに際し、被告会社提供に係る偽造データを使用していたため、厚生大臣からドノレストの製造販売停止の指示を受けたが、その後昭和五八年一一月三〇日ドノレストの製造販売の再開は認められたこと、以上の事実は、本訴において認定したとおりであるから、これを引用する。
二要素の錯誤による無効の主張について
被告会社は、フェンチアザク製剤の製造承認申請に必要なデータを被告会社から原告に提供することに関する契約につきその要素に錯誤があると主張するが、右の要素の錯誤は契約当時存在することを要するところ、被告主張の事由は、いずれも契約締結後にもっぱら被告会社の債務不履行に起因して事後的に生じた事情の変化を理由とするものであって、かかる事由が契約の無効を生じさせるような要素の錯誤には当らないことは明らかである。
よって、右主張は理由がない。
三事情変更による契約解除の主張について
被告会社の主張する事情の変更なるものは、いずれも契約締結後において被告会社自身の債務不履行によって惹起された事情の変化というものであることは、その主張自体から明らかであるが、そのような被告会社の責任によって生じた事由は、契約解除の原因となるような事情の変更にはならないというべきである。
よって、被告会社の右主張も理由がない。
四以上の次第で、その余の点につき判断するまでもなく、被告会社の反訴請求は理由がない。
(結論)
よって、原告の本訴請求は、右に認定した限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、被告の反訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官渡辺剛男 裁判官松本史郎 裁判官猪俣和代)
別紙<省略>